1)アンケートでは、フリーアンサーでも回答が薄くなる場合がある
アンケート調査では、選択式の設問とフリーアンサーを組み合わせることで、多くの意見を集めることができます。ただし、社会的に望ましい答えが想定されやすいテーマでは、自由記述を設けても、回答が無難な言葉に寄りやすくなります。
その結果、表面的な意見や一般論は集まっても、その人がどのような前提で判断しているのか、何に引っかかっているのか、どのように意味づけているのかまでは見えにくくなります。
そこで使えるのが、投影法です。直接設問や自由記述だけでは出にくい部分を、第三者の会話や別人格の声など、別の形式で表現してもらうための手法です。
2)3つの投影手法と調査事例
投影法には複数の型があります。ここでは、取りやすい情報が異なる3つの手法を取り上げ、薄毛いじりを題材に、それぞれの手法でどのような回答が出やすいのかを見ていきます。
このテーマを選んだのは、表向きには「よくないもの」として語られやすくなっている一方で、テレビ、SNS、お笑い、身近なコミュニティの中では、薄毛を笑いやいじりとして扱う場面がまだ残っているように見えたためです。
つまり、生活者はこのテーマを本当に一律にNGだと考えているのか。それとも、「〇〇な状況なら良い」といった条件つきの線引きを持っているのか。良い/悪いの二択では捉えにくい判断の揺らぎを見る題材として、投影法との相性が高いと考えました。
比較対象としたのは、自主企画調査で回収した回答です。調査は2024年7月に、20〜59歳男性のうち「薄毛ネタで笑った経験あり」の人を対象に実施しました。有効標本数は、人格分類法147件、天使と悪魔法137件、カートゥーン法140件です。
各手法では、「薄毛ネタで笑うこと」について、1つの投影法を用いて意見を聴取しました。回収した回答は、直接設問や通常の自由記述だけでは出にくい判断条件、言いにくい理由、連想を整理する材料として扱っています。
最終的には、回答を容認/否認、社会的観点/個人的観点の2軸で整理し、28項目の論点マップへ集約しました。
本記事で使う表現の注釈
- 理由表現
- 「なぜそう思うか」「何を根拠に肯定/否定しているか」が含まれる自由回答。
- 条件表現
- 「本人が納得していれば」「芸人なら」など、判断が成立する条件・場面が含まれる自由回答。
- 規範表現
- 「よくない」「やめるべき」「配慮すべき」など、社会的・倫理的にどうあるべきかが含まれる自由回答。
- 衝動表現
- 「面白い」「気持ちいい」「優越感」など、理屈より快・欲求・攻撃性が前に出る自由回答。
- 容認/否認
- 薄毛笑い・いじりを肯定・許容する語り、または否定・拒否する語りが含まれる自由回答。
カートゥーン法——第三者の会話で賛否と心の声を分ける
カートゥーン法は、空欄の吹き出し付き漫画を使い、第三者同士の会話として評価対象を語ってもらう形式です。
引き出せる情報
今回の標本では、理由表現の含有率は約38%でした。3手法の中ではもっとも高い値です。肯定側・否定側それぞれの語りを分けて見ると、容認の語りは肯定側で約70%、否定側で約6%。否認の語りは否定側で約62%、肯定側で約4%でした。
向くテーマ
立場による語りの分かれ方が明確で、賛否それぞれの理由や、対立する見方を厚く回収したいときに向きます。1人の中に賛否の両面があり、肯定理由と否定理由の対立を厚く見たいときに使いやすい手法です。
どう機能するか
Aさん/Bさんのように立場の異なるキャラクターを介すことで、自分の意見として直接言う負担を下げます。さらにセリフと心の声を分けることで、表向きの説明と、言いにくい引っかかりを別々に出しやすくなります。
補足
今回の標本では、衝動表現の含有率は約3%で、3手法の中ではもっとも低い値でした。第三者同士の会話を補完する形式では、自分の快感や優越感としてよりも、社会的に説明しやすい理由づけとして語られやすい結果でした。
設計上の留意点
肯定/否定の二項対立が回答を狭めるため、最後に「二人の意見を見ているあなた自身はどう考えるか」を確認することも有効です。
アウトプット
肯定理由と否定理由の対立構造、表向きの説明と心の声のズレ、対象者本人の最終的な立場。
使いどころ:賛否それぞれの理由や、対立する見方の厚みを見たいとき。
薄毛笑い・いじりをテーマに聴取した事例
肯定的なAさんの意見
- ハゲに限った話ではないが、髪の量のような身体的特徴を、その人の価値と結びつけて見てしまうこと自体に問題がある。だからこそ、薄毛をいじる行為は、単なる冗談ではなく、相手を下に見る行為として受け取られやすい。
- 個人を名指してネタにしている訳ではないし、大丈夫。
否定的なBさんの意見
- 薄毛やハゲに悩んでいる人にとっては、その見た目をネタにされると傷つくと思う。思いやりがない言動。
- 個人のとらえ方により傷つく人がいることが問題。
人格分類法——表の語りと内的な声を分ける
人格分類法は、「普段のあなた」と「普段表に出していないあなた」に分けて答えてもらう形式です。
普段のあなたでは、会話の中で実際に口にしそうな意見が出やすく、普段表に出していないあなたでは、言葉にはしないが内心では思っていることが出やすくなります。
引き出せる情報
今回の標本では、条件表現の含有率は約21%でした。3手法の中ではもっとも高い値です。天使と悪魔法の約13%、カートゥーン法の約10%より高く、普段の意見と表に出していない意見のずれに加えて、どの条件で判断が変わるのかを見やすい結果になっています。
向くテーマ
社会的に説明しやすい答えが強く、普段の意見だけでは実態が見えにくいテーマに向きます。表の語りと内的な声の差そのものが発見になりうるテーマで使うと効果的です。
どう機能するか
自己提示の二重性を分けることで、日常会話に近い語りと、口にしにくい判断や引っかかりを別々に回収できます。天使と悪魔法のように理想/衝動へ限定せず、社会的な自分と内的な自分のズレを見ます。
補足
今回の標本では、否認の語りは普段の意見より、表に出していない意見で多く出ました。表に出していない側では、「自分がされたらどう感じるか」という当事者視点が出やすかったと見られます。
アウトプット
表の語りと内的な声の対立軸、判断が変わる場面、訴求やメッセージ開発に使える葛藤パターン。
使いどころ:表に出す言葉と表に出していない判断のずれ、条件つき判断を見たいとき。
薄毛笑い・いじりをテーマに聴取した事例
普段の「あなた」の意見
- テレビ番組内や漫才など、本人がネタにする前提で成立している場なら、笑いとして受け取れる。
- 本人が気にしていない、あるいは本人が笑いにしている範囲なら、そこまで問題だとは思わない。
普段表に出していない「あなた」の意見
- 将来自分がされたら嫌なので、いじるのはやめたほうがいい。
- 自分がいじられたら素直に笑えるか不安になるため、やめて欲しい。
天使と悪魔法——理想・規範の声と衝動・欲求の声を分ける
天使と悪魔法は、理想・規範の声と、衝動・欲求の声を分けて答えてもらう形式です。意思決定を左右する抑制要因と促進要因を並べて整理します。
引き出せる情報
今回の標本では、規範表現は天使側で約12%、悪魔側で約7%。一方、衝動表現は天使側で約11%、悪魔側で約28%でした。規範と動機の分離が意図に沿って現れており、抑制要因と促進要因を並べて見るのに向いています。
向くテーマ
「やるべき」「やらない方がいい」という規範が強い一方で、衝動や欲求も残りやすいテーマに向きます。先延ばし行動、損失懸念、誘惑と抑制がぶつかるテーマで使いやすい手法です。
どう機能するか
2つのキャラクターに外在化することで、ひとつの答えにまとめず、認めにくい衝動要因と、理想・規範側の抑制要因を分けて語りやすくします。
補足
平均文字数は約11字と、3手法中もっとも短くなりました。規範と衝動の方向は見えやすい一方、理由の厚みは自然には出にくいため、フォローアップ質問を前提に設計する必要があります。
設計上の留意点
天使=抑制、悪魔=促進と決め打ちしないことが重要です。テーマによっては逆転します。また、キャラクターを善悪で評価せず、最後は対象者本人の考えとして必ず確認します。
アウトプット
抑制要因と促進要因の並立、葛藤の構造、意思決定が切り替わる転換点。
使いどころ:規範と動機の葛藤を分けて見たいとき。
薄毛笑い・いじりをテーマに聴取した事例
心の中の天使の声
- 薄毛になりたくてなった人はいないし、人の容姿で笑いをとるのはよくない。やるべきではない笑いのとり方。
- 相手の人にとっては気にしていることだから、笑わないようにすることが重要。
心の中の悪魔の声
- 人の欠点は目につくもの。笑い飛ばして自分が優越感に浸るのは気持ちいい気分。
- 苦しんでいる人、いじられたくない人がいるが、現状の自分に直結していないので、面白いからいいと思う。
3)回答をマップ化する
回収した回答はテキスト分析にかけ、意味の近い回答を整理しました。そこから、繰り返し出てくる論点を「意味づけ」「条件づけ」「線引き」に分けて見ています。
投影法を使うと、そのテーマをどう意味づけているのか、どんな条件で判断が変わるのかを集めやすくなります。「だから」「なら」「その場合は」といった条件づけや線引きに加えて、快楽、利得、優越感、攻撃性、不快感、不安といった副次的な反応も出てきます。
意味づけ
そのテーマをどう捉え、どう意味づけているのかを整理します。肯定側・否定側それぞれの語りから、快楽、利得、優越感、攻撃性、不快感、不安といった反応も見えてきます。
条件づけ
どの条件なら肯定し、どの条件なら否定するのかを整理します。「だから」「なら」「その場合は」といった線引きや判断条件が見えてきます。
線引き
どこまでなら肯定され、どこから否定に転じるのかを整理します。肯定側・否定側の回答がどこに集まり、どの線引きが強く働くのかを見ます。
抽出した回答は、パターン化し、マップ化すると全体像をつかみやすくなります。薄毛ケースでは、回答のまとまりを整理した結果、「社会↔個人」「否認↔容認」の2軸で見ると違いが捉えやすいと判断し、この2軸で整理しました。
社会規範として否定しているのか、個人感情として否定しているのか、慣習や快楽を理由に容認しているのかを4象限で整理しています。
縦軸:社会的観点/個人的観点
横軸:否認/容認
計28項目
否認
容認
社会的観点
社会として × 否認
当事者配慮・規範否定
当事者配慮/悪影響考慮、個性擁護、慣習への抵抗、不条理実感、反ルッキズム
- 1誰かしらに悪影響を与えるのでやめた方が良い
- 2侮辱だからやめた方が良い
- 3自分がされると思うと許せない
- 4個性の否定になるので笑うべきではない
- 5遺伝/病気だから笑うべきではない
- 6慣習化の手助けになるので許容したくない
- 7薄毛ネタを見ると「多様性なんてウソだ」と不安になる
- 8ルッキズム/ハラスメントなのでやめるべきだ
社会として × 容認
慣習・文脈条件つきの肯定
慣習、正当化、割り切り、関係性・状況次第、規制化反対
- 14どうしても面白い。当事者が笑われることを受け入れるしかない
- 15笑われたくなければ治療するしかない
- 16薄毛の人は笑いにした方が当人も周りも楽だ
- 17笑いとタブー・いじりは表裏一体だから仕方がない
- 18仲良くなるために薄毛を笑うのは良い事
- 19笑って良いものとして育ったから考え方を変えられない
- 20個人を否定しないユーモアとしての薄毛ネタはいい
- 21芸人の薄毛ネタで笑うのは良い
- 22薄毛の人が自虐的に笑いネタにするのは良い
- 23適切な間柄、タイミング、場所においてであればOK
- 24薄毛笑いが出来る状況が続いて欲しい
個人的観点
個人として × 否認
嗜好不一致・感情的拒絶
感覚的嫌悪、反発、低品質な笑いとしての拒否
- 9品が無い事なのでやらない方がいい
- 10身体的特徴を笑うのは笑いとしてレベルが低い
- 11薄毛の人を笑ったりすることは不快だ
- 12身体的特徴を笑うことにセンスを感じない
- 13薄毛ネタには関与しないようにしている
個人として × 容認
快楽優先・当事者不在の肯定
快楽享受、優越感、非道徳性、不安解消
- 25薄毛ネタは確実に笑いが起きているのだろうと思っている
- 26ルッキズムだが、ルッキズムの笑いが一番面白い
- 27薄毛を笑うと優越感に浸れて気持ちがいい
- 28薄毛になるのが不安。薄毛を笑う事で不安を解消している
薄毛いじりというテーマでは、投影法を用いたことで、4象限の右側にある「薄毛笑い・いじりを何らかの理由づけで肯定するパターン」まで拾えています。とくに「個人として×容認」には、快楽性や攻撃性が背景にあると読める回答も含まれます。直接設問と自由記述だけでは出にくい論点です。
4)向くテーマ・向かないテーマと運用のコツ
| 区分 |
テーマ例 |
| 向くテーマ |
センシティブな価値観に関わるテーマ、倫理的判断を含むテーマ、健康・家計・サステナビリティなど建前が出やすいテーマ。 また、先延ばし行動や習慣化のように、「分かっているができない」「やった方がいいが気が進まない」といった葛藤があるテーマ。 |
| 向かないテーマ |
好みの比較、機能評価、価格の受容性、UIの使いやすさ、購入チャネルの選択理由など、通常の設問でも答えやすいテーマ。 回答者の中に葛藤や言いにくさが少ないテーマでは、投影法を加えても情報量はあまり増えません。 |
投影法は、何でも深く聞ける万能手法ではありません。直接聞くと建前や一般論に回収されやすいテーマで、判断の背景や言いにくい連想を拾うために使う手法です。
使い分けるなら、理由の厚みを取りたいときはカートゥーン法。外向きの発言と内心のずれを見たいときは人格分類法。規範と動機の葛藤を分けたいときは天使と悪魔法が適しています。
誘導防止
役割設定や文脈提示が強すぎると、回答が設問側の想定に引っ張られます。立場を固定せずに会話を補完してもらい、回収後に論点や立場の違いを整理する設計も有効です。
追い質問
本人自身の判断や迷いまで見たい場合は、「これらの回答を見ているあなた自身はどう考えますか?」と追加で尋ねると、対象者自身の線引きや揺れを整理しやすくなります。
位置づけ
投影法で洗い出した型を選択肢化し、次のステップで定量調査にかける2ステップ設計が有効です。
5)まとめ
投影法は、直接設問と自由記述で出にくい答えを、別の語り方で補うための設計です。
特に広げやすいのは、判断を支える条件、自分なりの言い訳、口にしづらい連想、共有前提として省略されやすい線引きです。
カートゥーン法は理由の厚み、人格分類法は外向きの発言と内心のずれ、天使と悪魔法は規範と動機の分離を見たいときに使いやすい手法です。
扱いたいテーマに合わせて形式を選ぶことで、出したい回答に合わせた聴き方を組みやすくなります。
直接設問と自由記述だけでは答えが平板になりやすいテーマでも、投影法を加えることで、扱える材料の幅と密度を高められます。
直接聞くと無難な答えに収束してしまうテーマほど、問い方を変える価値があります。投影法は、そのための実務的な選択肢です。
重要なのは、得られた言葉をそのまま結論にすることではありません。回答形式によって出てきた語りとして扱い、判断条件や線引きを整理することです。
→ 次回記事の予告
次回は、本記事で紹介した投影法を用いた「薄毛笑い・いじり実態のレポート」を扱います。投影法によって見えてきた判断条件や線引きをもとに、生活者が薄毛笑い・いじりをどのように受け止めているのかを整理します。