先行資料から見えていた「薄毛いじり」の構造
全国の30〜69歳男女2万人を対象とした調査では、薄毛を「気になる」「やや気になる」と回答した8,067人のうち、41.1%(3,317人)が、本人のいる場で薄毛を話題にされたり、からかわれたり、ネタにされたりした経験があると回答しました。この経験者から無作為抽出した200人のうち、69.0%(138人)は、その際に不快な気分になったと回答しています。一方、薄毛を「あまり気にならない」「全く気にならない」と回答した11,933人のうち、29.5%(3,515人)が、本人のいる場で薄毛を話題にしたり、からかったり、ネタにしたりした経験があり、その3,515人のうち62.3%(2,191人)が「場の雰囲気がなごむ・盛り上がる」に近いと回答しました*5。
関連研究からも、薄毛の悩みが社会的に形成されてきたこと*1、脱毛・薄毛のある人に対するスティグマ(特定の特徴に社会的な否定的意味づけが加えられ、当事者が低く評価されること)や否定的評価が存在すること*2*3、親しい関係ほど、からかいが肯定的に受け止められやすいこと*4が示されています。
これらの公開資料から、薄毛が外見上の特徴として笑いやコミュニケーションの材料にされ、当事者の不快感と、周囲の「冗談・親しさ・場の盛り上がり」という認識が併存していることまでは分かっていました。
一方、公開資料では、薄毛がどのように扱われ、する側とされる側がどう受け止めているかは示されていましたが、なぜ薄毛が笑いやいじりの対象として扱われ、それが日常の人間関係の中で成立しているのかは、十分に明らかになっていませんでした。そこで本自主調査では、薄毛笑い・いじりをめぐる人々の考え方や経験を幅広く捉え、この行為がどのような背景のもとで行われているのかを探索しました。
投影法で見えた、薄毛笑い・いじりの28の論点
直接尋ねると、回答は説明しやすい理由に寄りやすくなります。そこで投影法を用いたところ、慣習、関係づくり、自虐、面白さ、優越感、薄毛になる不安の解消まで論点が広がりました。これらを「社会的/個人的」「否認/容認」の二軸で28項目に整理しました。
投影法で抽出した発言や正当化の仕方を、社会的/個人的、否認/容認の二軸で整理したものです。
- 1誰かしらに悪影響を与えるのでやめた方がよい
- 2侮辱だからやめた方がよい
- 3自分がされると思うと許せない
- 4個性の否定になるので笑うべきではない
- 5遺伝や病気だから笑うべきではない
- 6慣習化の手助けになるので許容したくない
- 7薄毛ネタを見ると「多様性なんてウソだ」と不安になる
- 8ルッキズムやハラスメントなのでやめるべきだ
- 14どうしても面白い。当事者が受け入れるしかない
- 15笑われたくなければ治療するしかない
- 16薄毛の人は笑いにした方が本人も周囲も楽だ
- 17薄毛笑い・いじりとタブーは表裏一体だから仕方がない
- 18仲良くなるために薄毛を笑うのはよいことだ
- 19笑ってよいものとして育ったから変えられない
- 20個人を否定しないユーモアとしての薄毛ネタはよい
- 21芸人の薄毛ネタで笑うのはよい
- 22薄毛の人が自虐的に笑いのネタにするのはよい
- 23適切な間柄、タイミング、場所であればよい
- 24薄毛笑いができる状況が続いてほしい
- 9品がないことなのでやらない方がよい
- 10身体的特徴を笑うのは、笑いとしてレベルが低い
- 11薄毛の人を笑うことは不快だ
- 12身体的特徴を笑うことにセンスを感じない
- 13薄毛ネタには関与しないようにしている
- 25芸人の薄毛ネタや薄毛いじりは確実に笑いが起きるので、自分もやろうと思う
- 26ルッキズムだが、ルッキズムの笑いが一番面白い
- 27薄毛を笑うと優越感に浸れて気持ちがよい
- 28薄毛になるのが不安で、薄毛を笑うことで不安を解消している
投影法から、3つの仮説を立てる
- 1. 薄毛笑い・いじりへの態度は単純な賛成・反対ではなく、コミュニティの慣習、相手との関係性、場所、本人の自虐などに応じて条件付きで容認される。
- 2. 薄毛笑い・いじりの容認には、場を盛り上げる、関係をつくるといった社会的な理由だけでなく、面白さ、優越感、薄毛になる不安の解消など、個人的な理由も存在する。
- 3. 薄毛笑い・いじりの否認には、身体的特徴を笑うべきではないという規範的な拒絶だけでなく、品がない、面白くない、関わりたくないといった個人的な拒絶も存在する。
定量調査では、この28項目に「薄毛ネタや薄毛いじりについて興味・関心がない」を加えた29項目への回答を分析しました。
- 手法
- Web定量調査(Webパネルによる回収)
- 条件
- 全国20〜59歳男性の一般サンプル。年代は人口構成比に合わせて回収。
- 時期
- 2024年6月10〜11日
- サンプルサイズ
- n=1,063
薄毛の当事者ほど、笑う・いじる側にも回っていた
薄毛笑い・いじりの実施率は、全体38%、薄毛自認層51%、将来が心配な層39%、非自認・非意識層27%でした。薄毛の当事者自身が、笑う・いじる側にも回っていたことが、最も特徴的な結果です。
ベース:全体 n=1,063。薄毛自認=「かなり進行」+「少し進行」+「なり始め」。
薄毛笑い・いじりを実施した対象は、職場32%、友人・知人29%、仕事関係26%で、日常的に関係が続く相手が上位でした。理由は、親しい間柄の冗談38%、ユーモラスな表現27%、特に意識せず話題にした22%の順です。
ベース:実施経験者 n=399。複数回答、各図は上位5項目。
第三者として見た薄毛笑い・いじりの対象も、職場37%、仕事関係33%、友人・知人30%が上位でした。見たときの心情は、不適切・不快20%と、面白い・楽しんだ20%が並び、戸惑いも19%でした。
ベース:過去3年に薄毛笑い・いじりを目にした人 n=516。複数回答、各図は上位5項目。
「周囲で目にすること」と自身の実施は強く結びつく
薄毛笑い・いじりを目にしたことがある人の実施率は65%、目にしたことがない人は12%でした。周囲で薄毛笑い・いじりを目にする環境にいることと、自身の実施経験の間には強い関連が見られました。
ベース:目にしたことがある人 n=516、目にしたことがない人 n=547。
目にしたことがある人:333人/516人。ない人:66人/547人。
薄毛笑い・いじりへの態度は4タイプに分かれた
29項目への回答傾向をもとに因子分析とクラスター分析を行い、薄毛笑い・いじりに対する態度の異なる4タイプに整理しました。複数の分類数を比較したうえで、本稿では各層の特徴を解釈しやすい4タイプを探索的に採用しています。
- 否認意識が最も高く、容認意識は低い
- 実施率(3年以内)18%、第三者として見た割合(3年以内)42%
- 薄毛自認率36%で、非当事者だけの層ではない
- 本人の自虐や適切な間柄・場所では許容
- 実施率(3年以内)57%、第三者として見た割合(3年以内)68%で4タイプ中最高
- 薄毛自認率51%で、当事者性も最も高い
- 薄毛自認率17%、第三者として見た割合(3年以内)19%
- 実施率(3年以内)17%で、薄毛への関与自体が低い
- 全体の中で最も大きいタイプ
- 実施率(3年以内)48%、実施者225人で最多
- 自分から強く肯定するというより、場の条件に左右される
※配置は4タイプの平均的な態度を二軸で整理した概念図。薄毛自認率=「かなり進行」+「少し進行」+「なり始め」。
薄毛笑い・いじりの実施率が最も高かったのは慣習受容タイプ57%、実施者数が最も多かったのは条件依存タイプ225人でした。態度で分類した4タイプに実施経験を重ねると、強い受容層だけでなく、関係性や場面の条件に左右される大きな層にも実施経験が広がっていました。
「よくない」と思いながら、条件付きでは許容する
慣習受容タイプでは、薄毛いじりを侮辱や悪影響につながるものと捉える一方、芸人、親しい間柄、本人の自虐、適切な場所などでは許容する傾向が見られました。容認と否認のどちらか一方ではなく、両方の態度が同じ層の中に併存しています。
共感率は「とてもそう思う」+「ややそう思う」。調査で使用した29項目すべてではなく、4タイプの違いと慣習受容タイプの両面性が表れやすい項目を、容認側・否認側から各6項目抜粋しています。ベース:全体 n=1,063(慣習受容タイプ n=178、条件依存タイプ n=472、反ルッキズムタイプ n=292、低関与タイプ n=121)。
容認・肯定側の項目への共感
否認・拒否側の項目への共感
薄毛が進行した層ほど「慣習受容」が多い
慣習受容タイプの割合は、非意識・非薄毛層では11%でしたが、将来が心配20%、なり始め21%、少し進行22%、かなり進行27%でした。薄毛が進行した層ほど「慣習受容」が多い傾向が見られました。
ベース:全体 n=1,063。各項目のn数はラベル内に記載。
慣習受容タイプは、薄毛以外の容姿いじりも多い
薄毛から対象を広げ、体型、髪型、顔、年齢、服装など、人の容姿の特徴や差異そのものを笑う・いじる経験を確認したところ、慣習受容タイプでは、体型46%、髪型45%、顔44%、年齢42%、服装39%で、容姿全般を笑う・いじる傾向が最も強くなっていました。
ベース:全体 n=1,063(慣習受容タイプ n=178、条件依存タイプ n=472、反ルッキズムタイプ n=292、低関与タイプ n=121)。
慣習受容タイプは、容姿いじりのある環境との接点が多い
各セグメントの人間関係やメディアとの接点を見ると、慣習受容タイプでは、人の欠点や容姿を笑うことが受け入れられていた環境への該当率が最も高く、身近な環境との関連が強く見られました。
各項目への共感率。「とてもそう思う」+「ややそう思う」。ベース:全体 n=1,063(慣習受容タイプ n=178、条件依存タイプ n=472、反ルッキズムタイプ n=292、低関与タイプ n=121)。
最も強く関連したのは「周囲で目にする経験」
薄毛笑い・いじりをした経験の有無について、薄毛自認、過去3年に周囲で薄毛笑い・いじりを目にした経験、薄毛笑いへの態度、普段の容姿いじり傾向、過去に接してきた環境を同時に分析しました(多変量ロジスティック回帰分析)。
その結果、実施経験と最も強く関連していたのは、過去3年に周囲で薄毛笑い・いじりを目にしていたことでした。さらに、普段から容姿いじりを行う傾向、薄毛笑いを容認する態度、薄毛自認も、それぞれ実施経験と関連していました。
薄毛笑い・いじりの実施は一つの属性だけでは説明できず、周囲で薄毛笑い・いじりに接する経験と、本人の態度や普段の行動傾向が重なっていることが示されました。
まとめ:薄毛いじりは「条件付きで受容される慣習」だった
先行する公開資料からは、薄毛が笑いやコミュニケーションの材料として扱われ、当事者の不快感と、周囲の「冗談・親しさ・場の盛り上がり」という認識が併存していることまでは分かっていました。
本自主調査では、新たに次の3点が分かりました。
- ①薄毛笑い・いじりは全面的に肯定されているのではなく、相手、関係性、場所、本人の自虐などを条件に許容されていた。
- ②実施率が最も高い慣習受容タイプだけでなく、最大層の条件依存タイプにも実施経験が広がっていた。
- ③薄毛の当事者も実施側に多く含まれていた。
薄毛笑い・いじりは、単純な「する側/される側」の対立ではなく、当事者を含む人々が、関係性や場面に応じて条件付きで受容し、実践している現象であることが分かりました。
今回は投影法を用いて、内面化された態度や、直接質問では表れにくい価値観を論点として抽出し、定量調査の項目に展開しました。表面的な賛否だけでは捉えにくい態度の構造も、これらの項目を通じて分析しています。
参考文献
※本稿の図表は、すべてインサイト・ファクトリー調査によるものです。





